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クロム酸化物の特異な電子構造を世界で初めて解明

 岡山大学大学院自然科学研究科(理)の藤原弘和(博士前期課程2年生)、寺嶋健成特任研究員、脇田高徳特任研究員、村岡祐治准教授、横谷尚睦教授らの研究グループは、スピン偏極率[1] がほぼ100%とされるクロム酸化物(CrO2)が低温でハーフメタル[2]であることを実験的に明らかにすることに世界で初めて成功しました。
 本研究成果は5月19日、米国応用物理雑誌Applied Physics Lettersに掲載されました。ハーフメタルは電気伝導を担う電子が片方のスピン状態[3]のみを持つ特殊な金属で、電子スピンを活用した電子制御技術において重要な役割を果たします。
 本研究結果をもとに、室温で動作するCrO2デバイスの開発が進むと期待されます。
<業 績>
 横谷尚睦教授らの研究グループは、最高のスピン偏極率が報告されているCrO2がハーフメタルであることを実験的に明らかにすることに世界で初めて成功しました。実験では、①表面から深い領域において試料本来のスピン分解電子構造を調べることのできるバルク敏感スピン分解光電子分光装置[4]を本学に建設し、②これまでの試料に比べて表面での他成分の存在割合が極めて少ない高品質試料を本学で作製することにより、電気伝導を担う電子のスピン情報を高い精度で検出することに成功しました。加えて、スピン偏極率が温度変化することも観測しました。

<背 景>
 CrO2は極低温でほぼ100%のスピン偏極率を示す酸化物です。理論的には、CrO2の高いスピン偏極率の起源が「ハーフメタル」と呼ばれる特殊な電子構造に起因すると予測されていました。ハーフメタルは電気伝導を担う電子が片方のスピン状態のみを持つ特殊な金属で、電子スピンを活用した電子制御技術において重要な役割を果たします。
 しかしながら、スピン状態を直接観測することによりCrO2のハーフメタル性を報告したこれまでの実験には問題があったため、CrO2がハーフメタルであることを直接的に示すことはできていませんでした。その理由は、①スピン分解電子構造を調べる従来の実験手法が試料の表面付近の情報を主として捉えるものであったこと、②CrO2の表面には他の組成の物質ができやすいことの二点です。

<見込まれる成果>
 これまで、CrO2のスピン分解光電子分光測定において信頼性のある実験結果は報告されておらず、今回の研究結果はCrO2のハーフメタル性を直接的に実証した初めての例になります。また、スピン偏極した電子構造の温度変化も観測し、スピン偏極率が高温で減少することも明らかにしました。今回得られた結果は室温でのスピン偏極率の減少への対策に活かされるため、今後室温で動作するデバイス開発が進むと期待されます。

 この研究は文部科学省研究大学強化促進事業の支援を受けて実施されました。



図1 CrO2の結晶構造

 図の赤丸がクロム原子(Cr)を、青丸が酸素原子(O)を表しています。



図2 金属(左)、強磁性体(中)、ハーフメタル(右)の電子エネルギー分布図
 金属では、上向きスピンを持つ電子の数と下向きスピンを持つ電子の数は同数です。鉄のような、磁石になる金属では、上向きスピンと下向きスピンの数が異なります。ハーフメタルは、伝導を担う電子が片方のスピンのみを持つ金属です。



図3  CrO2のバルク敏感スピン分解光電子分光実験の結果
 左図は、試料温度40 Kで測定した上向きスピンを持つ電子数(赤丸)と下向きスピンを持つ電子数(青丸)のエネルギー分布(上段)、および偏極率のエネルギー分布(下段)を示しています。上向きスピンと下向きスピンのスペクトルが異なっていることがわかります。フェルミ準位[5] 付近で上向きスピンを持つ電子数が有限であるのに対して、下向きスピンを持つ電子数がゼロになっていることがわかります。これに対応して、スピン偏極率はフェルミ準位近傍で100%に達しています。この結果は、CrO2がハーフメタルであることを実験的に示しています。一方、300 Kの結果(右図)では、上向きスピンと下向きスピンのスペクトルは異なりますが、両方とも電子数はフェルミ準位付近でゼロになっていません。対応してスピン偏極率は50%程度に落ちていることがわかります。


<用語説明>
[1]スピン偏極率
 普通の金属では、上向きスピンを持った電子数と下向きスピンを持った電子数は等しくなります(図2(左)参照)。一方、強磁性体では、二つのスピンを持つ電子の総数は異なります(図2(中)参照)。上向きスピンを持つ電子の数と下向きスピンを持った電子の数が異なるとき、スピン偏極した状態であるといい、全電子数に対する異なるスピンを持った数の差をスピン偏極率と言います。
[2] ハーフメタル
 ハーフメタルは、伝導を担う電子が片方のスピンのみを持つ金属です。(図2(右)参照)
[3] スピン状態
 電子はその回転に対応するスピンという量を持っています。電子のスピンは上向きか下向きの2種類のみで、これらをスピン状態といいます。
[4] バルク敏感スピン分解光電子分光装置
 物質に高いエネルギーの光を照射し、光電効果により放出される光電子の運動エネルギーを測定することにより、物質内部の電子エネルギーを測定することができます。また、特殊な検出器を利用することにより電子のスピン状態を調べることもできます。本実験に用いたスピン分解光電子分光装置は、従来の装置に比べて低いエネルギーの光を用いており、試料表面からより深い部分からの情報を捉えることができるように設計されています。
[5] フェルミ準位(EF)
 物質中の電子が持つ最高エネルギー。EF近傍の電子が物質の電気的性質を担います。


<発表論文情報>
論文名:" Intrinsic spin polarized electronic structure of CrO2 epitaxial film revealed
by bulk-sensitive spin-resolved photoemission spectroscopy "
「バルク敏感スピン分解光電子分光により明らかになったCrO2エピタキシャル膜の本質的なスピン偏極電子構造」
掲載誌:Applied Physics Letters    doi: 10.1063/1.4921629著 者:Hirokazu Fujiwara, Masanori Sunagawa, Kensei Terashima, Tomoko Kittaka, Takanori Wakita, Yuji Muraoka,and Takayoshi Yokoya

<お問い合わせ>
岡山大学大学院自然科学研究科(理)
教授 横谷 尚睦
(電話番号)086-251-7897