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電荷移動による2次元電子系の形成と超伝導

SrPt2As2

 1981年のノーベル化学賞は、フロンティア軌道理論の福井謙一と、化学反応におけるウッドワード・ホフマン則を明らかにしたロアルド・ホフマン (Roald Hoffmann)に授与された。固体物理、とりわけ超伝導とは無関係に思えるが、ホフマンは "How Chemistry and Physics Meet in the Solid State" などの 論文で、電荷密度波などの通常バンド構造から説明される物理が、どのように化学結合の言葉で理解できるのか、逆に、多様な結晶構造や化学結合がどのようにバンドの言葉で理解できるのか論じている。

 フマンの論文から、今回超伝導を発見したSrPt2As2の面白さが理解できる。 SrPt2As2は、正イオンのPtが中心に位置する(正構造の)PtAs層と、負イオンのAsが中心に位置する(逆構造の)PtAs層が交互に積層したCaBe2Ge2型構造をとる。 ちなみに鉄系超伝導体BaFe2As2は、正構造のFeAs層が積層したThCr2Si2型構造である。 さて、正構造の一層に着目すると、正イオン(Pt)間の距離が狭く、負イオン間(As)の距離が広いため、正イオンの作るバンド(Pt dバンド)は広く、負イオンの作るバンド(As pバンド)は狭い。 逆構造の一層に着目すると、この関係が逆になる。すなわち、正イオンの作るバンド(Pt dバンド)は狭く、負イオンの作るバンド(As pバンド)は広い。 このため一層の正構造と一層の逆構造ではフェルミ準位の位置が異なる。従って、正構造と逆構造が積層すると、一方から他方へ電荷移動が生じる。 化学の言葉では、ドナー層からアクセプタ層への電荷移動である。

 SrPt2As2では、逆構造のPtAs層がドナー層、正構造のPtAs層がアクセプタ層となる。バンド計算からも電荷移動が示唆されている。 電荷移動の結果、ドナー層は絶縁化し、アクセプタ層に2次元電子系が形成される。この2次元PtAs層において、約400 Kで電荷密度波が、さらに低温の5.2 Kで超伝導が発現する。

 フマンの論文には、さらに魅力的な議論がある。もし適切な量の電荷移動が生じれば、ドナー層では正孔(ホール)が、アクセプタ層では電子が電気伝導を担うことになる。 ここで電子—正孔対(エキシトン)が生じないであろうか。さらにはエキシトンの励起を利用した超伝導が生じないであろうか。エキシトン励起のような電子励起のエネルギーは、 超伝導電子対を形成するための糊として知られている格子振動(フォノン)やスピン揺らぎのエネルギーよりも一桁以上大きい。 このため、エキシトン機構では格段に高い温度での超伝導(室温超伝導)が期待できる。

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